教授の戯言

手品のお話とかね。

Boris Wild 『TRANSPARENCY』

先般来日、日本でもレクチャーツアーをしていたフランスのマジシャン、ボリス・ワイルドの、マークト・デックに関してはおそらく世界で1番詳しく、多岐にわたった作品や解説のあるハードカバー本『TRANSPARENCY』です。2012年の発行で、230ページ、トリックとしては約25作品が解説されています(トリック以外にもそのほかコンテンツがいっぱいあるのです)。あと表紙がレンチキュラー加工で、角度を変えるとカードの裏面が表面に変わったりと、えらい凝ったつくりです。写真だとよく分からないんですよね、この感じ。あ、ご存知かとは思いますが、マークト・デックというのは、"カードを裏から見て、その表が何かが分かるような仕掛けの施されたカード"全般を指す言葉です。フェルトペンで裏面に「ダイヤの5」とか書けばそれも立派なマークト・カードです。……立派かな……?


きっかけがなければ特に自発的に読んだりしなかったのですが(英語読むの面倒症候群に罹患)、とひさんの奸計にはまったT君が、4ヶ月超の長きを経て、日本語で第1稿をあげてくれたので、それをチェックがてら読んだ次第(なお、その4ヶ月超のうち2ヶ月超はさぼっていたという噂)。


いや、これは面白いです。もちろん、3月にボリス氏のレクチャーには行きましたし、そこで自分のマークト・デックの見方はかなり変わったと思っていたのですが、きっちりまとまったものを読むとまたその実感も強まるといいますか。思わずマークト・デック2つ買っちゃいました。「読める、読めるぞ……!」(深夜の自室にて、マークトデックの裏面を眺めながら)


この本には、マークト・デックならエニシングOKなトリックもあれば、ボリス・ワイルド・マークト・デックの特性を利用するものもあります。まあ本人の自画自賛も含むとは思いますけど、BWMDは実際可読性も高いですし、見破られにくく、やはりマークト・デック使うならこれできまりでしょう、という気はします。


序文にもありますが、マークトデックは不当な扱いを受けてきた道具のひとつで、マジシャンによっては「そんなものを使うマジシャンは堕落している」とか、そんな物言いさえされるものです。が、マークト・デックをおそらく世界一使いこなしている人はやはり違うといいますか、直接的な使い方をほとんどしないのですね。さらに、演技中に表面はおろか、裏面もほとんど見ていない、見る機会もなかった、という"状況の創出"、ここに心を砕く感じなのです。そりゃ追えないですわ、という。よく出来た手順が多いです。そしてさらにスタック・システム(メモライズド)をマークト・デックと組み合わせるところまでいきますと、あーこれは追うの絶対無理、と感嘆することしきりでした。ご本人も、「マークトデックの特性にのみ依存する手品は作るべきではないし、やるべきでもない。私は自分のレパートリーではいつもBWMDを使っているが、マークがないといけないトリックは、全体の1/3程度である」と仰っていました。「マークがあるということは、失敗のリカバリーとか本当に正しいカードを抜き出しているかという確認も、その表を見ることなく出来る。これによりトリックの確実性を増したり、演技に自信と余裕をもたらすという効果が大きいのだ」とのことで、大変納得しました。あとBWMDはその特性上、見なければいけない場所が決まっているので、「慣れれば間違いなく、表を見て探すより裏のマークから探すほうが早い」という、この一見「う、嘘だろ承太郎」と思うけど実際そうであるポイントも大変好きです。最近ホントに裏からのほうがカード探すの早くなってきた気がします。


なお私は学生時代、一時期マークト・デックを使っていたことがあります(手品としてはテキトーなやつですが)。「裏に何か印がついてるとか、こすると色が変わるとか、そういう仕掛けはありませんね?」などという決まり文句を言いながら、観客に毎回最初にデックを手渡していましたが、非手品人/手品人の別なく、誰一人気付いていないように見えました。きっと、いま演者自身が言いましたし、それから「そんな単純な解決策をとるわけがない」という先入観があるから、じっくり調べようとも思わないのでしょう。なので、「マークではない、別の解決法を使った手品をこれからするんだな」と勝手に思ってくれたように思います。まあぱっと見で、それが(BW)MDであることを看破するのは多分無理ですし、それに気づくような人は多分そもそもマニアなので、わざわざ頑張って引っ掛けにいく必要もないのですがw


原著は割と売れた本のようで、2016年8月現在、ボリス自身のショップには数えるほどと、あとは全世界のマジック・ショップに卸済みの在庫分で打ち止め、この形式で再刷の予定もないそうです。まあ、レンチキュラー加工ありの表紙とか、原価がえっらい高そうですしね(ソフトカバー版とかはいつの日にか出るのかもしれませんが)。で、まあ先にちらっと触れましたが、幸いそんな本書の日本語版が、どこからどういう形式でかは未定ですが、2016年(年度?)中くらいには出るそうなので、これはそれを待つのがいいのだろうなと思いました。


余談ですが、第1章にマークトデックの自作方法が載っていて、「シール転写の方法が一番いいよ」とはあるのですが、家にあった転写シールでカード数枚分試してみて、とてもじゃないですが1デック104箇所にシールを貼っていくまでには耐えられませんでした。「えー、慣れれば大丈夫だよ。私はUSプレイング社から出してもらえるまで、自分で数百個は作ったよ」とかボリス先生は仰っていたようですが、私は3000円程度でいいなら工場でプリント済みのを買いますw 唯一残念なのは、売出しから数年はバイシクルのライダーバックだったので、それこそ99%以上のマジシャンの使う普通のカードとまったく区別のしようがなかったのですが、どういう理由かは分かりませんけれど、いまはマンドリンバックのもののみになっていることです。別にデザインも似ていますし、非手品人にはライダーバックもマンドリンバックも同じではありますが、……出来るなら手品してる人を何食わぬ顔で引っ掛けたかったんですよ〜(ダメな考え)。

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◆原書目次◆
※日本語版が出るときにでも、各トリックの紹介とか、面白かったものについて詳述してみたりしたいと思います。


Chapter 1:Concept of the Boris Wild Marked Deck
Introduction .......................................................................................19
Genesis and Influence ........................................................................21
Principle of the Boris Wild Marked Deck ...........................................23
Customization of a Non-Printed BW Marked Deck ...........................31
Easy Applications ...............................................................................35
Spread on the Table or Between Your Hands ............................... 35
Secretly Determining a Card’s Identity ............................................ 37
Using the BW Marked Deck as “Strengthening of Confidence” ....... 38


Chapter 2:Miracles With a Shuffled Deck
Double Revelation ..............................................................................43
The Ideal Effect ..................................................................................49
The Challenge ....................................................................................59
A Nice Pair .........................................................................................65
Peek Sandwich ...................................................................................69
Intuitions ...........................................................................................75
Made for Each Other .........................................................................83
Out of this Deck ................................................................................87
Impossible Divination ........................................................................97
Invisible… But Marked! .....................................................................103
The Ultimate 21-Card Trick ...............................................................109


Chapter 3:Miracles with a Stacked Deck
The Gravity Shuffle ............................................................................117
Mental Picture ...................................................................................123
Runaway ............................................................................................129
The Missing Link ...............................................................................135
Deceptive Sandwich ...........................................................................141
Double Personality .............................................................................147
Mind Reading ....................................................................................157


Chapter 4:Miracles with the Boris Wild Memorized Deck
Concept of the Boris Wild Memorized Deck ......................................169
Principle of the BW Memorized Deck ............................................. 169
Easy Applications ............................................................................ 175
Name Any Card .................................................................................177
Coincidence .......................................................................................183
Miracle! ..............................................................................................189
X-Rays ...............................................................................................195
Pure Telepathy ...................................................................................199


Chapter 5:Miracles with a Touch of Improvisation
Inexplicable ........................................................................................207
The Art of Improvising and Defying the Chance Factor .....................215
The Spelling
(Simple Improvisation without any Change of the Scenario) ................ 216
The Production
(More Elaborate Improvisation with a Change of the Scenario) ............ 217
The Uncontrolled Chance Factor ..................................................... 220
The Defied Chance Factor ............................................................... 221
Total Improvisation ......................................................................... 222


Credits ...............................................................................................227
Acknowledgements.............................................................................229