教授の戯言

手品のお話とかね。

ピット・ハートリング・レクチャー(1/2)

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訳担当の富山です。2019年6月9日(日)、原宿 Casa Mozartにて開催されたピット・ハートリング(Pit Hartling)の6時間レクチャーに参加してまいりました。 私は彼の訳本『Card Fictions(以下CF)』を出したり作ったり直接会いにドイツに行ったりもしている、日本の全人口の上位0.01%に確実に入っているレベルの、割とピット愛に溢れている者だと自負しておるのですが、彼のまとまったショーやレクチャーを受けたことがなかったのです。今回来日ということで万難を排して行ってまいりました。

皆さまも色々とマジックショーをご覧になったり、レクチャーに行かれたこともあるでしょう。私もそれなりにあります。その中で今回のピットのレクチャーはどうだったか。端的に、そして控えめに言っても最高でした。魔法かと思いました。凄すぎて震える。あれこそ、エンターテインメントとしてのカード・マジックです。繰り返しになりますけど、本当に、本当に良かったです。終わったあとの帰り道、なんだかふわふわしておりました。

まあ今回の先、そうそう来日もされないとは思うのですが、これだけは申し上げておくと、「来日レクチャー決まったらとにかく参加しろ」これです。というか私も行きますし、むしろドイツにあそびにおいでと言われたのでそのうち行くことにします。

ピットのマジックの面白さ、賢さを伝えるべく頑張って訳しましたし、いまも訳しているつもりなのですが、はっきりいって完全に書き物を超えていました、リアル演技が。完敗です。以前ポン太・ザ・スミスさんが本の良さを説明する際、文章は著者の想定する理想を書ける、ということを仰っていました。確かにそうだなと思っていました。しかし今回参加された方は思ったことでしょう、「富山の書いた本より、断然不思議で楽しいじゃん」と。ぐぬぬ、しかし認めざるを得ない。でもですね、ひとつだけ申し上げたい。

 

 

「本の記述という理想形態を!

 実演が超えてくるほうが

 おかしいんじゃろがい!」

 

失礼、取り乱しました。己の備忘のために細かく記しますが、以下は読まなくていいです。むしろ読まないまま、いずれ機会が訪れた際にピットのショーなりレクチャーに行って生で見るのです。そして震えるがいいのです。

 

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 予約時に特に発番がなかったので、着席が入場先着順だったらどうしよう、と思い、開場の40分前に行く。訳本を出している身としては意地でもいい席に座りたかったのです。大人げないのは理解しています。1人並んでおられたが、私は少し離れたところで会場前を監視しながら『In Order To Amaze(以下IOTA)』の自分の訳文を読み返しながら時間を潰していました。分かってます、自分でも思います。キモい。その後並びましたが、開場予定時刻の10分~15分前に入ったところで入れてもらえました。予約順で1列目2列目3列目とだけ分かれていたようで、私は1列目でOKでした。そして席の配置を見てまずびっくりする。演者のテーブルの若干うしろまで、240度くらいの円弧を描いて席が配置されているのです。「え、マジで?」みたいな顔を見られたのか、受付をされていたポン太さんが「どこに座ってもオーケーです。ノー・アングルだそうです」と。なんだそれは。そんなカード・マジックがあるか?とりあえず最前列の中央を外した位置に座る。

メールのやり取りはちょくちょくしているとはいえ、ピットに直接会うのは6年ぶりくらいなので、憶えててくださるかなーと思っていたが、むしろ向こうから挨拶してくださってホッとする。「奥さんもレクチャーツアーに同行されるのだとばかり」「今日の便でドイツに帰ったよ―」ほほう。一応小ネタとして、オレンジ・ジュースを買ってきたことを告げ笑われる("Unforgettable"というトリックでは、オレンジ・ジュースが重要な役割を果たすのです)。おかしな話なのですが、こっちはレクチャーを受ける立場なのにめっちゃ緊張してくる。マジで胃が痛い。なぜなのか。

いよいよレクチャーが始まる。本人の真横のちょいうしろまで囲まれた、しかもカード・マジックのレクチャーという、個人的に前代未聞のイベント開始。通訳はスーパー・カード・テクニシャンのMajilさん。後述しますが、実質5時間くらいはレクチャーしていたと思いますが、最後まで的確でいい通訳をしてくださいました。本当にお見事でした。ピットの説明フレーズの切り方も良かったですが、Majilさんもそこへのかぶせ方が絶妙でした。

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 ■第1部:

01. Sherlock (『IOTA』)

部屋の一番隅で、観客がデックからカードを1枚引きます。彼はそれを憶えて、デックがシャッフルされる前にどこでも好きな位置に戻します。別の観客が複数回のシャッフルとカットを行い、ここでははじめてマジシャンがデックに触れます。マジシャンは説得力のあるカードの減らし方と、アーサー・コナン・ドイル顔負けの論理をもって、この選ばれたカードを追い詰め、そして見つけ出すのです。

 元はちょうど100年前、1919年のチャールズ・ジョーダンの手紙越しマジックを、手紙なし、現場で行えるようにしたもの。さっそく来ましたぞ、クソ不思議なやつが。ひとりしか引いたカードを知らない、別の人がカードを複数回シャッフルする、これで見つけるわけですよ。シャーロック・ホームズの有名な台詞、「ありえないことをすべて取り除いていけば、あとに残ったものがいかにありえそうもないことであっても、それこそが真実にほかならない」('Once you eliminate the impossible, whatever remains, no matter how improbable, must be the truth.)とか言いながら、「選ばれたことのないカードを捨てます」「ときどき選ばれるけど、あなたは選ばなそうなカードも捨てます」「残ったのがあなたが選ぶ可能性があるものですが、日曜には選ばれないやつはどけましょう」「残った、あなたが日曜に選びそうなカード、それもこのトリックで選びそうなのは……」と、どんどんカードを捨てていって、最後に当てちゃうのです。原書ではクライマックス、「『初歩的なことだよ、ワトソン君』("Elementary, my dear Watson")と言いたくなる誘惑に抗おうね」と書いてあるのに、ピット、言ってましたねw「Elementary, Watson」と。キメ台詞を言う誘惑に抗いきれなかったとみえますw

「お客さんに指示を出すときになにか注意点はありますか」という問いに、「簡単な指示だし、そんなに気をつけることはないです」と仰っていましたが、『IOTA』においては、指示を「1枚完全に抜き出してくれるように頼む」「それからそれを憶えて戻すように言う」と分割するといいよ、というTipsがあったことは、訳者っぽく付け加えておきます(その場では言いませんでしたけど)。

ジョーダンの原作?では3回のシャッフルをしていたそうですが、長いので2回+複数回のカットでいいだろうとのこと。

最後までわからない1枚選んでもらう系手品を練習するには、顔を背けて携帯電話のカメラで撮影してそれを伏せて始めるといいよ、的なTipsは即効性お役立ち感があります。

 

 

02. Colour Sense(『CF』)

観客がデックをシャッフルし、それからパケットを持ってテーブルの下で表向きにします。マジシャンはちょうど、見えていないパケットの真上あたりのテーブルの板面に手のひらで触れることで、その“色”を感じるのです。マジシャンはそれぞれのカードの色を、観客がカードを出してテーブル上に置くより前に言い当てていきます。さらにマジシャンは、絵札であるかどうかや、パケットが何枚あるか、さらにはスートや数まで感じることができてしまうのです。

 私のだいすきなやつです。透視の練習のモチベーションが「いま隣の家に凄く魅力的な人が~」とかいうのに笑ってしまったw 記憶する部分について、『CF』のパターン・プリンシプルではない、彼の方法が説明されました。実は私自身、齋藤修三郎さんに教わった別の方法でやっていたのですが、それがピットのやっている方法でもあります。Tipsに載せようか迷ったのですが、作者本人が本文に載せなかったのだからまあやめとくか、ということでいまに至ります。なお、記憶する必要もなくす、ということでのタマリッツのアイディアも紹介されました。

『CF』本文内のInducing Challengesの例としてこのトリックの終盤部分が使われていたのですが、そこについて会場から、「今日はやらなかったのですね」というマニアックな指摘が入り、私も「そういやそうだったな」と思いましたが、「なんというか、ショーのときも含めて世の中の人たちはどうもみんな優しい人たちのようで、ほとんど誰もそこで挑戦してこないので、結局挑戦を誘わなくなりました」にちょっと笑ってしまいました。正直かw

なお解説前に「皆さん、やり方は知っていますか?」ときたので、おずおず手を挙げたら「そりゃキミは知ってるだろwww」と笑われました。参加されていたこざわまさゆきさんが挙手して「I am proofreader(査読者です)」と言ったので、同じく参加されていた齋藤さんを「He's the editor and the designer(おまわりさん、この人、組版/デザインマンです)」と通報紹介しておきました。同じ部屋に『CF』の訳者、査読者、組版/デザインマンが居るという変な空間。「きみらが説明しなよw」とか言われてしまいました。説明は可能っちゃ可能ですが、実演自体そんなふうにはできないですw

どうでもいいけど、ピット本当に地アタマが良さそうで、これのバイナリとか、後で出てくるエピトム・ロケーションとかも本当に超速。「早くやる必要は本当にないです」と言いながら3秒くらいで憶えている。

該当の山を渡す方法は、先日出した新版のUpdated Handlingの通りでした。仕組みもいいけど、やはり全体を通した楽しませ方、見せ方が勉強になります。

また、「借りたデックでやるんだけど、そのときは'some stupid joke'を言うためにわざわざ青いデックを借りる」という変なTipsで笑ってしまいました。

 

 

03. The Poker Formulas(『IOTA』)

マジシャンはまるで暗号リストのような大量の数字の羅列で埋め尽くされた、よれよれの紙を何枚か取り出してきます。彼が言うにはこれは『ポーカー・フォーミュラ』なのです。この表の力を示すため、何でもいいのでポーカーのハンドをひとつ言わせ、同じようにプレイヤーの数も言ってもらいます。

紙をガサゴソやってマジシャンは該当する公式を見つけ、それをデックに『プログラム』します:デックを静かにリフルし、叩き、ひねりますが、あきらかにカードの位置は全く変わっていません。言われた通りの人数にカードが配られ、マジシャンのカードが示されます――それはまさに、観客がリクエストした通りのハンドなのです!

数年前のフランクフルト、私がピットに初めて会った際に見せてもらい、度肝を抜かれたやつです。「いつ!いつ出ると!?」「今度出す本に載せ寄る予定さ」「MADAKONEEEEEE!」そこから『IOTA』が出るまで2~3年待ちましたからね、私は。「今日の会に参加されてる方たちはみんな、すぐに知れていいなー」と一瞬思ったのですが、数年のあいだ魔法じゃないかと思えた私のほうが幸せだったのかも知れないと思い始めました。

現象は上記の通り。好き勝手に言われたハンド、その組み合わせ、プレイヤー数、それらを謎の公式集通りに操作すると、その通りのハンドが完成します。いや、なに言ってるか分からねーと思うが本当にそうなのです。しょうがないのです。箱の中にデックを入れて、そこから片手で配っていくノー・スライト・バージョンも紹介されていました。

Majilさんは桂川さんより頻度低いですが、通訳外で感想を漏らすことがあって面白い。こざわさんリクエストのストレートフラッシュが出た瞬間、私「す、SUGEEEEE!」とかなっていましたが、Majilさんも「いいなあ、これ……」とか漏らしてて笑いました。いや笑うしかないんですが、あんな状況。会場全体もどよめきました。

また、シャッフルしたカードの並びを撮影(動画1コマあればいい)することで、そのための公式を導き出す、マーティン・アイゼラ(Martin Eisele)のVisionというアプリが紹介されていましたが(それによって、適当にシャッフルされたデックからでもこれができるようになる)、いや、そんなそこまでせんでもいいだろ、とは思いました。会場で野島伸幸さんがさっそくインストールされていましたが、月額課金的な、結構高いアプリなんですよね、これ。まあ野島社長クラスなら余裕かもしれませんが。 

 

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休み時間中にMajilさんと立ち話。「私、Master of the Messはリクエストしようと思うんですよ」「あれは見たいですね。あとはあれです、カルテット、あれ実演見たくないですか?」「見たい、めっちゃ見たいです。ていうか正直あれは机上の空論というか、『まあね、実際にやったらそうなっちゃうのは、しょうがないよね』くらいにはなるんじゃないかとは思ってるんですが」「ええ。僕もそう思います。絶対無理ですよね」「……Identity、見たいな……」「The Illusionist!フェイクムーブどうやるのか具体的に見たい」「あああ、本のやつ全部見たい」などと、好き勝手なリクエスト案を話していたら、唐突に野島さんが参入、「ぼくは……エピトム・ロケーションが見たいです」とか言い出すw 「Triathlonですね」「あ、いや、なんならエピトムのとこだけでいいです」なんじゃそらw Majilさんの「いやあ、見てて思いましたけど、アタマいいだけですよピット」には笑うw

 

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■第2部:

04. Back to the future(『The Movie』DVD)

「観客がカードを選んで、マジシャンがそれを当てる。これが普通ですが、今日は逆をやってみたいと思います。つまり、選ばれる前に当てるのです」という意味不明なことを言い出すマジシャン。観客に1枚のカードを選んでもらい、しっかりと手で押さえてもらいます。別の観客にカードを選んでもらいますが、そのカードがデックの中からいつのまにか消え、どこにもありません。はじめの観客が押さえていたカードを表向きにすると……。

キモい!キモいよ!最初なに言ってんだコイツ的な空気を醸成しておいて、あの完全な消失ですよ。ついさっき、それを見て、憶えたはずなのに!パームもうまい。デックの順序が変わらない、便利なトリックです。

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05. Opposite Pockets Revisited(Steve Beam『Semi-Automatic Card Magic Vol. ?』に寄稿)

2枚を使った有名なトリック、というのをやるが、面倒なのでお客さんたちにやってもらう、とマジシャンが言います。観客に1枚カードを選ばせ、憶えたらお尻の下に入れておいてもらいます。別の観客に1枚対照的なカードを思いうかべてもらいます。デックからそのカードを抜き出して同じようにその上に座らせます。「私はこのトリックがすごく好きで。1枚を自由に選んでもらい、1枚を自由に思ってもらうわけですが、問題が1つあるんです。めったにうまくいかないのです、このトリック。本当ですよ。ダイヤの3とスペードのJの2枚のときだけしかうまくいかないんです」観客2人のお尻の下のカードを見ると、本当にその2枚なのです!「うまくいくと、いいトリックなんですよ!」

 もとがブラザー・ジョン・ハーマンの"Opposite Pockets"というトリックだそうで。自由度が増しています(※演者の負担は若干増えている気がする)。いやしかし、一度も演者がカードのフェイスを見てない状況でこれですからね。最初変な声が出ました。

 

 

06. Chaos(『The Little Green Lecture』レクチャーノート。壽里竜氏による邦訳版あり(マジックランドの箱根クロースアップ1998のノート))

最初は数学的な原理に基づいた、あの悪名高いカウンティング・トリックに見えますが、最後はめちゃくちゃになって終わります。「正確な数学的原理に従って……」と言いながらも、演者はデッククをテーブル上に荒々しくぶちまけ、完全に混ぜてしまうのです。

しかしカードをひとかたまりにまとめると、演者は即座に2枚の自由に選ばれたカードをその中から見つけ出してみせます。

最後の最後の瞬間まで、演者は1枚のカードの表も見ないのです!おまけに、この『カオス』、完全にセルフ・ワーキングだというナイス・ニュース。

「これは数学に基づいたトリックなので、厳密性が重要なのです」と宣言してからの、あらゆる類の厳密性を全部ぶち壊していくあのぐちゃぐちゃ感が最高です。最後の「ああ……ごめん失敗しちゃった。両方共違うカードだ。最初からやり直さなきゃ」あたりのギャグ、大好きなんですよね。

観客というか場のコントロールについて、「あなたが場をコントロールする、仕切っていい」(You're in charge.)という、このあともちょいちょい出てくる言葉がありました。思うに一般的なマジシャンは観客のイレギュラーなどを気にしすぎなのかも知れません。名高いマジシャンはだいたい場のコントロールが絶妙に上手いですよね。

www.lybrary.com

 

 

07. Odd Men Out(Selling Item)

2人の観客にそれぞれカードを1枚ずつ憶えてデックに戻してもらいます。1人目の観客のカードの色を聞き、それが赤。マジシャンはデックをファンにすると、すべてのカードが黒い中、1枚だけ赤いカードが。それが1人目の観客のカードなのです。続いて2人目の観客のカードの色を聞くと黒。演者は再度デックをファンに広げますが、すべてのカードが赤で、中に1枚だけ黒いカードがあり、もちろんそれが2人目の観客のカードです。デックを広げると赤黒はテキトーに混ざっています。

www.vanishingincmagic.com

 

解説フェイズ冒頭、ピットの「これは簡単です」に「ウソだ、絶対ウソだ」の声が漏れる会場w 「ギミックデックですから」そのデック、会場から借りたやつやないかいw にしてもフルデックの下準備を、デック借りて適当に喋りながらさっさと済ませてしまうのがやはり凄い。「借りたデックでしたが、どうセットしたのですか」という質問があって解説がなされましたが、ハートリングのホフツィンザー式カル、自然すぎじゃないですかね。そしてまた早い。「こんな感じで取っていくんですよ」とか言って実演するんですが、その解説を見た会場から笑いが漏れるくらい早いw 「ベストは家でセットしたデックを持ってくる、だと思いますけどね」なるほど。

「自分をMax Mavenだと思えばいいんですよ。Dani DaOrtizでもいい。とにかく、あなたがマジシャンであり、あなたが仕切っていいんです」

Alex Elmsleyの原理を、複数回できるようにしているのがピットの凄いところですね。原案のエルムズレイの、ノーマル・デックでブレインウェーブ・デックやるところも普通に凄かったですけどw

あとメモに「Majilさんの訳がナイス」とあったので、なんかうまいこと仰っていたのだと思います。実際問題全体的にうまかったですが、わざわざ書いたということはなんかうまいこと言っておられたはず。たぶんです。メイビーです。

 

つづく。