教授の戯言

手品のお話とかね。

ピット・ハートリング・レクチャー(2/2)

 

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■第3部:

08. Catch Me If You Can(『IOTA』)

マジシャンは、マジック界の鉄則を破って同じトリックを2回やってみようと思う、と持ち掛けます。1回目は指先の早業で、2回目はそれなしで。最初は、2枚の”探偵”カードがその手腕を発揮、観客に自由に言ってもらった”犯人”のカードを、シャッフルされたデックの中ほどから捕まえてきます。

そしてありえないことに、この探偵たちの同僚――開始時点からずっとよけてあって、パフォーマンスのあいだじゅう、誰も触れていなかったもう1つのデックの中にいる2枚――もまた、先ほど自由に言われたカードを捕まえているのです。

 ここからメモライズド・デックのマジックがバンバン来ます。私、そんなにメモライズド・デックを使った手品を見たことがないというか、メモライズド・デックを使いこなすマジシャンにあまり会ったことがないのですが(もちろん、映像なり本なりでは多少ありますが、テクニックやギミックと比べればやはり圧倒的に少ない気はします)、そのファースト・コンタクトがピットだったのは僥倖でした。

いや、ボリス・ワイルドといえばマークト・デック、みたいな感じで、"この人はメモライズド・デックを使う"と分かっていたらそんなに不思議に見えないのではないかな、と思っていたのです。杞憂でした。後述しますが、ピットは暇さえあればさくさくとオーバーハンドタイプのシャッフルをしており、常に混ぜているようにしか見えないのです(なんならフォールスではなく本当に混ぜていることもあるので始末におえません)。また、メモライズド・デックだとしたところで、一体どうやって実現しているのかさっぱりわからないマジックばかりで、これが上手い人が使うメモライズド・デックのやり方・演じ方なんだなあと感激した次第。

マークト・デック嫌いとか、メモライズド・デックなんか使えないとか言う人もいますが、たぶん食わず嫌いというか、本当に良いのを見たことがないだけだと思います。私はEffect is Everything派なので、使えるものは何でも使えばいいし、変に枷を設けること自体がナンセンス、という思考。ともあれ、どのメソッドであろうと、その道の第一人者レベルのはどれも魔法です。

解説冒頭、ピットが「これは『In Order To Amaze』という私の本に載っている1つ目の作品です。これらはじきに日本語で読めるはずです」と言ってこっちを見たので、当然集まる視線。みんなの視線が痛い。「がんばります」としか言えないです。「がんばります。がんばります。もっともっとがんばります……!」(CV:島村卯月) こざわさんに査読をお願いしたら断られたので(こざわ「ええ?メモライズド・デックの現象チェックとか面倒」)、誰か探さねばならないです。誰か。

片方のデックは借りたデックでいい、というのがやはりいいです。あと思ったより、2枚の探偵カードを戻すときに順序を選択させたりするフェイズは面白い。というか意味ありげに見えます。実際うまくいけば現象の完璧さが増しますしね。1回目の、スライハンドで見つけるくだりの変な動作すごく好き。のじま観察日記を思い出しました。

ホァン・エステバンなんちゃらさんという南米のマジシャンの理論だそうですが、「種は蒔いておいて、うまく育てば収穫すればいいし、そうでなければ何もしなくていい。いずれにせよマイナスはない」みたいなのが良かったですね。ヒットすればラッキー、みたいな姿勢で、リスクのないものをちょいちょい入れていくといい、というお話。ボリスさんも似たようなフックを張り巡らせていた印象。

作品を作るときのお話で、「最初にトリックを作った時点では、どれもだいたい最終形に比べて体感的に40~50%くらい台詞の量が多いので、徐々に減らしていく」というのが印象的でした。たしかにやり慣れてないトリックって余計な台詞や描写を入れたくなるのよね。しかしピット、よくあんな頭使わなきゃいけないトリックの最中も喋っていられるな。私はそこがツラいです。

この作品では使わないのですが、フォーシングについての話がありました。「選ぶ行為そのものに意味があるときにはじっくりと時間をかけて公明正大に選ばせるが、そうでないときは時間がもったいないので手早くする」というのは、やはり演じるプロだなと思った次第。演じるのがステージなのかパーラーなのかクロースアップなのかにもよる話なのですが、私はついどこでも同じようなことをしてしまうのでちょっと反省。

 

 

09. Master of the Mess(『CF』)

52 枚のカードを全部、テーブル上へと盛大にぶちまけたりあちこちに放り投げたりして、表向きのカードもあれば裏向きのカードもあるという、いかなる意図も介在できないレベルの完全なごちゃ混ぜ状態を作った上で、演者はこれで何か演じてみせようと言います。

観客は1 枚のカードに集中します。すると演者は何ひとつ質問することもなく、テーブル上の山から1 枚ずつカードを取り除いていきます。次第に山のカードが減っていき、やがて無くなります―――たった1 枚のカードを除いて。信じられないことに、演者は観客が選んだその1 枚だけを正確に指し示すことに成功するのです!

続いて新しいカードが選ばれ、そしてごちゃ混ぜの中、どこにいったか完全に分からなくなります。演者は指先でそっとデックを揃えます。すると彼の指先で、カオス混沌から秩序への変化が起こります―――すべてのカードが再び裏向きに揃うのです。そう、選ばれたカード、ただ1 枚を除いて!

以前フランクフルトでエリミネーション・フェイズ見せていただいて、その速さ、自然さに驚いたので、ぜひまた見たいと思っていたのです。こざわさんのリクエストで始まったのですが、「いや、なんかこんなふうに混ぜられちゃったんですよね」みたいなぐちゃぐちゃにしながらの小話が入りまして。なんというか、最初にステージングというか、背景説明みたいなのを入れたのか、へー、と思い、「で、いつ揃えにかかるのかな~」って見ていたんですよ。……突然揃いましてね。一瞬声を失いまして、不思議すぎてじわっと涙が。元の手順だと2段階なのですが、その2段目だけをやっていたので(そのせいだけではないのですが)、全く心の準備ができていませんでした。通訳のMajilさんが「いつやったの?」とか漏らしてて笑う。すみません、嘘です、笑いごとじゃねえ。私も全く分からず、他人を笑っているどころではありませんでした。文字通りマジックです。やばい、思い出しただけでも不思議だ。トライアンフというメジャーな現象で、場にいる20人だか25人はまあ基本マニアなわけですが、それが「え?あれ?」ってなるとかどんだけなのでありますか。過程をすっ飛ばして結末だけが来るとか、キング・クリムゾン的ななにかか。なんかほら、この人スタンド使いっぽい顔してるし。

なお本作はUpdated Handlingというより、第2段だけに、かつ混ぜ方もかなり違うかたちになっており、『CF』読んでTips書いていい気になっていてすみませんでした。また、ものすごくランダムに見えるのに、実際はすべてが1枚もずれずに進行していくそうで、「なんじゃそら、新手のパーティー・ジョークか?」とか思っていたら、最終的に全部メモライズド・オーダーに戻ることで証明されていて震えました。そんなシーケンシャルな構造なのか。

 

あとこのトリックの解説の前に「誰か、なんでもいいので好きなカードを1つ言ってください」と言われたので、言ったんですよ、クラブの6って。そのままデックに手をかざすピット。トップ・カードをめくるとクラブの6だったんですよ。もうなに言ってるかわからねーと思うが(略 息が止まるかと思いました。別の方が「ハートの4」とか仰ったかな。それも出てきたんですよ。それが。トップから。どうなっているんだこの世界は!気をつけろ!なんらかのスタンド攻撃を受けている可能性が高いッ!

 

 

10. Top of the Heaps(『IOTA』)

「なにか好きなフォー・オブ・ア・カインドを1つ言ってくれ」といわれ、どなたかが10と仰って。雑に山を作っていくピット。4つの山を作って両手で順繰りに覆っていきます。トップ・カードを表向きにすると全て10なのです!

 会場がどよめいたさ。だってずっとデック裏向きのままなんですよ。このあたりから、ピットとデニス・ベアによって作られた”カルテット”という概念というか手法を使ったマジックが来るのですが、Majilさんとアイコンタクトで会話してしまいました。「ちょっとMajilさん、これ、カルテットじゃないですか……!」「じ、実在の手法っていうか、こんな早さで使えるんですね……!」(0.2秒) もうそのあとは普通に口に出てましたね。私「訳した気がするんだけどな……」 Majilさん「僕も読んだはずなんですが……」 おかしい。読んだはず、知ってるはずなのにw 

 

 

The trick cannot be explainedというか説明できないトリック系のお話。ネモニコシスというか、タマリッツもよくやるのですけど、観客の名前を聞いたり、小さめの数を言ってもらうなどして調整していく話。あとでそのぶん綴るなどができるので、お客さんの名前は聞いて憶えておくべきという。

 

 

11. Echoes(『IOTA』)

マジシャンはデックから無作為に1枚のカードを取り出し、表を見ないでそれをテーブル上に置きます。観客の1人に「やまびこを返してください」と言って1枚抜き出させ、それを演者のカードと一緒にしてもらいます。この動きを演者と別の観客2人とでもう2度繰り返します。6枚のカードを見てみると、観客たちの選んだカードは、まさにマジシャンが選んだもののやまびこになっています。つまり、観客たちによって選ばれた3枚はすべて、演者が選んだカードのメイト・カードなのです!

今回のレクチャーでは上記のような演出は一切省き、3者の選択がすべてマジシャンの選んだものと一致するという現象の骨子のみを見せていましたが、それでも不思議で。本の通りにやると、もっとバカバカしくも笑える演出がついております。「このくらいのものを思いついたらそのまま発表しちゃいそうなものだけど、そこで出さないで工夫を加えるのがやっぱりプロなんだなあ」という声が会場から聞こえました。あの声はたぶんこざわさんですけど。

 

 

12.The Core(『IOTA』)

神学的で生物学的なカード・トリックの珍しい例として、観客が、演者の人格の投影たるエデンの園への幻想的な旅をする、というものがあります。デックというのはまさしく果実のようなものであること、観客はその想像上のデックの皮を剥いていき、デックの”芯”で何のカードを見つけたかを問われます。

誰も触れない状態で最初からテーブルに置いてあった普通のデックをゆっくりと取り上げどんどん”剥いて”いきます。どうやらこのデックは観客の空想の旅路から現れたもののようです︓中心にあるカード、つまりデックの芯は、まさに先ほど観客が口にしたカードなのです!

 みんな喜べ、セルフワーキング・マジックです!どのカードがどこにあるかさえわかっていれば、あらゆるカードを最後の1枚にできます。訳してても笑いましたが、ピットの"楽園"では、魅惑の木にたわわに実っているのは大量のデックという、なんだかデビット・リンチの世界みたいな感じだぞw

 

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■第4部:

フォールス・シャッフルについて。休憩中に私も質問したのですが、ハートリングは注目を集めていないときはリフト・シャッフル(バノン先生の影響で私もよく使う)を使っております。これは表向きで行うことで色々なフェイスが見えて混ざっているのをさり気なく見せつつ、どのカードがどの位置になるかを把握可能、というメリットがあります。逆に混ぜている様子を強調したいときは、ゴードン・ブルース、もしくはパーシー・ダイアコニスどっちかの考案したオーバーハンド・シャッフルを用いているとのことで。この後者のシャッフルがまた本当に混ぜているとしか思えず。とても詳しく知りたいのですが、それが載っているという『Five times Five Scotland』が手元にない悲しみ。まあいずれ入手してくれようぞというところで。(2019.0616追記:入手。練習し始めました。)

タマリッツは技法魔人として崇められてはいるわけではないが、attitude<姿勢・構え>による説得力が凄いこと、ロベルト・ジョビーがたまに「タマリッツのブレイクはlorry<トラック>が通れそうなくらいでかい」とか言うらしいのですが(ひどいw)、「上手い人がすごく小さなブレイクを取っていてもマジシャンには分かる。しかしローリーが通れそうなくらいのタマリッツのブレイクはattitudeに隠されてなぜか気づけない」「タマリッツはザロー・シャッフルもするんですが、これがまたひどい出来で。でも観客は、『汚い混ぜ方だけど、なんかこのひと混ぜたいんだな。きれいに混ざらなくても気にしないのかな』と勝手に理解し、そして『混ざった』という印象だけが届くのです」「逆にダーウィン・オーティスとか、凄く緻密なプッシュ・スルー・シャッフルをする人がいますが、それはとても上手いのに、なぜか観客に『なにかコントロールしているな』と思われ、『オレにも混ぜさせろ』という流れになってしまう」あたりは寓意を含んでいる感じがします。

ピットのダブル・カバー・ザローを2回やる、というのはとても良かったです。見栄えもよく(混ざったように見えるし、実際トップだけは順序も変わっている)、2回セットでやることで順序も戻る、という。ザロー自身もその方法を使っていたそうで、私は初めて知りました。そしていま理屈を若干思い出せない気がします。

こっそり明かしてくれたとあるフォールス・シャッフルが、「そんな方法あるのか」という感じで震えました。本当に頭いいなこの人。だってまずは本当にシャッフルしているのだもの。

デック・スイッチ。スイッチ手法の色々も参考になりました。タマリッツの手法とか、やはりじっくり見ていてもなお錯誤する。「気をつけないと、自分もどっち使っているかわからなくなるからね!」には笑いましたw 

 

 

13. Murphy’s Law(『IOTA』)

マジシャンは、トランプというものは『エンシェント・タロット』に由来を持つもので、今日のデックにも、その『不思議な形質』的なものは受け継がれているのだ、と言います。具体的には、デックを使うことで、人がいかにラッキーか、さもなくばアンラッキーなのかを判別することができる、と言うのです。

それをデモンストレーションするため、観客の1人にAからKまで、なんでもいいのでバリューを言わせたら、デックから1枚ずつ表向きにしながら配っていってもらいます。選んだバリューのカードが早く出れば出るほど、彼はラッキーというわけです。そして彼が悲劇的なアンラッキーだと分かる場合、それは、彼が自由に言ったバリューのカードが、最後に残った4枚であったときです。

見たかったの!すごく見たかったのです!いや、ぶっちゃけ本にあるものは全部見たかったのですが。ここからいくつか、カルテットを用いたトリックが続くのですが、私もMajilさんも、カルテットは「理屈は分かるけど多少はもたつくんだろうな」と思っていたんです。ぜんっぜんもたつかないの!おいおい瞬殺だよ。これ、ほんと単純な話なのですけど、自分が言ったフォー・オブ・ア・カインドだけが出てこないの、想像以上に面白いです。どんだけ運が無いんだ、みたいな。本にもありましたが、お互いが知り合いのグループでやると本当に盛り上がりそう。なお当会場も大変盛り上がりました。

 

 

 

14. Four-Way Stop(『IOTA』)

先ほどの不幸な観客に誕生月を聞きます。マジシャンはカードを1枚ずつ表向きで配っていき、観客は好きなところでストップをかけます。ストップをかけられたところのカードを公明正大に裏向きのまま置き、もう3人の観客に同じことを繰り返してもらいます。最終的に、ストップをかけられたカードは4枚になり、想像した通り、その4枚が誕生月のフォー・オブ・ア・カインドなのです。

 これとか公明正大すぎて、結論は確実にそこに向かっているとは分かるのだけど、それを信じられないといいますか。デュプリケートもないのに、いまその4箇所に裏向きになっているカードがまさしく言ったフォー・オブ・ア・カインドとか、「ええ……なんで……どういうことなんだ……」としか言えませんよ本当に。めっちゃ不思議です。ストップトリックの理想形に見えました。それなりに難しいですけど。

 

 

 

15. Identity(『IOTA』)

マジシャンは言われた数値のカード4枚を指先で触るだけで見つけ出す、と言い、デックのバラバラの位置のカードを1枚ずつ全部で4枚、表向きにひっくり返していきます。その4枚はランダムのバラバラのカードであるにもかかわらず、マジシャンは言われた数値のカードだと自信たっぷりに宣言します。

観客たちの視線が変わり、「このマジシャンはアタマ大丈夫か」と訝り始めますが、彼らは自身でそれを確かめることになります。デックがテーブル上にスプレッドされると、4枚の表向きのカードは、言われた数値のフォー・オブ・ア・カインドへとたちまち変わってしまうのです。誰かが「検眼士を呼んでくれ!」と言い出す前に、4枚のカードはまた先ほどのカードに戻り、そしてまた言われた4枚へ変わってしまうのです!

なにいってるか分からねーと思うが本当にこうなるんですしょうがないでしょう!私だって書いてて・読んでて意味がわからないです。訳しておいてナンですけど、「これ、はたして不思議に見えるのかな」と思っていたんです。すみませんでした、吐くほど不思議でした。なんだこれはwww

 

 

 

16. The Right King of Wrong(『IOTA』)

1から10の中のひとつの数字に集中しながら、観客がデックをシャッフルして、4つの山にカットします。それぞれの山のトップ・カードを表向きにしますが、意図していた数字のカードは出てこず、単なるランダムなカードです。

観客が間違ったデックを使っていたことにマジシャンが気づいたとき、すべてが明かされます。ずっとテーブルに置いてあった別のデックを、カットの結果出てきたカードのバリューぶん数え下ろしていくと、まさにそれぞれの箇所から思っていたフォー・オブ・ア・カインドが出てくるのです。

 失敗を観客のせいにするの大好きw この、どうやってもリカバリ不可能そうな事態から、そのマイナス分より大きな絶対値の現象を起こすのが本当にうまい。すごく変なトリックのはずなのですが、最後の現象自体はしっくりくるというか、とても手品的。

 

「パームなどの技法はフラッシュする可能性があるが、憶えたことはフラッシュしようがない」は名言ですね。体現してるところがかっこよすぎ。

 

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■第5部:

17.Triathlon(『The Little Green Lecture』レクチャーノート。壽里竜氏による邦訳版あり(マジックランドの箱根クロースアップ1998のノート))

演者はもっとも難しいマジックを見せようと言います。それは演者が他のマジシャン向けに、つまり「内輪向け」に特別に開発したルーティーンであると言います。演者がこれからやろうとしていることは、観客の興昧をそそります。3枚のカードを見つけるだけでなく、3枚のカード全てをかなり過酷な条件下で選んでもらうのです。最初の観客にはデックの中央あたりにある好きなカードを見てもらい、2番目の客は単に好きなカードを思い浮かべてもらい、3番目の客には表を見ないで1枚引いてその上に座ってもらい、最後の最後まで自分が選んだカードが何なのか分からないようにしてもらいます。

以上のことは、演者がそれまでにほとんど触っていない借りたデックを使って行います。それにも関わらず、演者は3枚のカードを正確に当てることが出来るのです!

リクエストされてやっておられた。めっちゃ不思議ですが、その裏にある悪魔的な工夫の数々たるや。これはノートを読んだときに思っていたよりもはるかに不思議です。何の手がかりもなさそうに思えますし、借りたデックで、シャッフルした状態で行うので。あと私も参加させてもらったのですが、タマリッツがよくやる、本当は聞いているんだけど、聞こえてない感じで観客の回答を遮るテクニックが見事でした。……すみません、偉そうに書いていて、このノートも読んでいて、その昔実演したことすらあるはずなのに、現場では全く追えませんでした。「ウソだ、ウソだ……ああああ……」とかうわ言のように繰り返すマンになっていました。おい不思議すぎではないですかこれ。

なお、何が驚きって、「いやー、久々にやりました。20年……はいってないかもしれませんが15年はやっていなかったです」でこのクオリティであるところです。多少複雑なトリックなど3日で記憶から消滅していく私としては、まずそこが震えるポイント。いくら自分が考えたトリックだからって、普段演じてなければ忘れませんかね、普通。そしてこれがリクエストされたまさにその理由の箇所についても、本当にスムーズで早い。

終わったあとで野島さんが、「何度やっても6にならない……」とかなっていて(分かる人には分かる数字)ちょっと笑ってしまいました。

 

 

 

18. The Illusionist(『IOTA』)

時に、最高のトリックというのは、決して実際には起こらないもののことを言うのだ、と。そんな『イリュージョン』をお見せしようと言うのです。「これは48枚のカードを使うもので、4枚は最初にどけておく」と言って実際にお尻のポケットにいれておきます。

まずは古典的な、スキルのデモンストレーションからです。観客のひとりに、どれでもひとつ、フォー・オブ・ア・カインドを言ってもらいます。マジシャンはデックを何度もカットしますが、その度に言われたうちの1枚を見つけ出してくるのです。

ところが信じられないことにマジシャンは、「これらは本当はすべて幻なのだ」と言います。そして実際、デックが表向きにスプレッドされると、先ほどカットしたところから出てきたカードはどこにも見当たりません。

マジシャンは、「トリックが始まる前から入れておいたものがありましたよね」と、自分のポケットの中から4枚のカードを取り出してきます――それらは言われたカルテットの4枚なのです! 

 リクエストしたったです!「あー、あんまり大人数相手にやるトリックでもないけど」「(「だめですか……?」という目)」「でもやってみるね」のあと、ちゃっかり通訳のMajilさんが、「特に最初のシークレット・アクションが具体的にどんな感じなのか、本からだとよくわからなくて」とか添えていて笑ってしまいました。手順の序盤なのですが、私も結構どういう感覚でやる動きなんだろうと思っていたので、大変嬉しいコメントではありました。ふたりは私物化!(プリキュアっぽく) 知りたかったムーブの瞬間にMajilさんと目が合って、「なるほど、こういう動作かあ」「いやーこれは意識に上らないわ―」という会話をしました、目で。Majiさんは通訳しながらなのに目でも会話できて器用だなーと思いました。いや、さっきまで見ていたはずのカードが、最終的に最初に尻ポケットに入れていた4枚なんですけど、読んでいて意味が分からんかも知れんですが本当にそうなのです。自分の見たものが信じられなくなります。

 

 

「例えばボリス・ワイルドが自分のデック使ってたらマークト・デックなんじゃないかな、と思われてしまうように、ハートリングさんも『IOTA』みたいな本を出すと、自分のデック使ってたらメモライズド・デック使ってるんじゃないかな、ってマジシャンの人には思われちゃうのではないですか?」という質問に、「そうだね。なので、コンベンションとかで手品するときは、フォーシング・デックとか、色々なギャフとかそういうのを使って煙に巻いています」という回答で笑ってしまったw 気を使ってるんですね、そこは。

「なにかありますか?気分が乗らなかったらデニスのトリックでもやろうかな」とか言い出してて、このふたりホント仲いいよなあ、と。

 

 

 

19. Exact Location(『Mnemonica』)

2人の観客が操作し、憶えたカードをマジシャンは言い当てます。さらにそれぞれの枚数目を宣言します。観客が配っていくとまさにその場所から観客のカードが出てきます。

 タマリッツの。どう考えても当たりそうにないのに当たる上、枚数目まで当たっているという、不可能性のきわめて高い逸品。2つの原理の組み合わせで成立している。言われてみればそうだよね、という理屈なんですけど、見ている最中は全く関連付けられませんでした。メモライズドデックはこういうこともできるよ、という例でしたが、大変不思議じゃ。

 

 

 

20.Game of Chance(『IOTA』)

デックをシャッフルし、プレイヤーは赤か黒かの色を言います。カードが重ねられていき、3枚目ごとのカードを見ます。それがプレイヤーの指定した色であるたびに点が加算されます。

ゲームのまさに初っ端から、プレイヤーたちはまるでツイていない感じです︓色を選びますが、3枚目のカードはいつも選ばなかったほうの色なのです、それも最後まで︕

デックは繰り返しシャッフルされ、そして赤と黒はランダムに混ざっているのにもかかわらず、各ラウンドは毎回同じ結果に終わります︓どちらの色が選ばれても、出てくるのはソレジャナイ色なのです︕

何度かの公平でイラつく結果のあと、最後にマジシャンは、同時に2人のプレイヤーでやってはどうか、1人が赤を選んだら、もう1人は黒を選ぶのだ、と言うのです。これなら、1人は勝てるでしょう︕3人目の観客が審判役を務めます︓彼は演者のための色を自由に1つ言ってから、デックを3人の参加者へと配っていきます。

マジシャンは赤と黒のカードが混ざったカードを受け取り、スコアとしてもごく平凡なものでした。しかし、他の2人のプレイヤーはと確認してみると、1人は全部赤いカード、もう1人は全部黒いカード――お互いが『間違った』色を選んで0ポイントなのです︕

これはですねえ、訳していたときからめっちゃ面白そうだなあと思いまして。演者はいかにも何もしておりません、どうしてお客様はそんなに運が無いのですか?みたいな感じでw 実演見たらさらに面白くてしょうがなかったです。しかもこれ、厳密にはメモライズド・デックである必要もないのです。Murphy’s Lawもそうですけど、演者は明らかになにかとんでもないイカサマをしているはずなのに、それが全くわからない、そして観客側はありえないツキのなさに翻弄されるという、この構図、シナリオ、本当に笑えました。名作。

 

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いやー、最後もすごく楽しく不思議で盛り上がりましてスタンディング・オベーションでした。自分の思い入れが強いマジシャン、ということもありましたが、見るものがどれもこれも不思議で、「ああ、マジシャンってこういう人をいうのだなあ」と感激しました。訳で関わることができていて本当にラッキーというか。知り合いの方たちの感想も、「しゅごかった。本で想像していたより遥かに上をいっていた」という感じで、訳者としては微妙な敗北感を抱きつつも、実際そうなので変に誇らしいというか。いや別に私はむしろ褒められてはいないんですが。「かばんちゃんはすっごいんだよ!」と、隙あらば嫁自慢をするサーバルさん状態でした。もっとも、「言わなくても見りゃ分かるよ、凄かったよ、マジで」みたいな感じでしょうけど。

実にいいものを見た6時間でした。しあわせ。手品うまくて、頭が冴えてて、そしてなによりエンターテイナーとして一級の人ってのは凄いものです。眼福でございました。