教授の戯言

手品のお話とかね。

Florian Severin著, 岡田浩之訳『ダリアン・ヴォルフの奇妙な冒険』

 ロリアン・ズィヴァリン(Florian Severin)著, 岡田浩之訳『ダリアン・ヴォルフの奇妙な冒険<Seltsame Abenteuer des Darian Wolf>』です。ドイツ語の原書『13 Steps to Vandalism』は、本国ドイツでは出版するや売り切れ、プレミアが付くことに。その増補改訂版である英語版が『What Lies Inside』。邦訳版は英訳版を底本とし、四六判500ページ超え(!)の約3.5cm厚(!!)簡易函入。パーラー以上でも映えるメンタル・マジックのショー・ピースが、だいたい各章1つずつ解説されています。長いものは60ページ以上あったりもしますが、だいたいはそこまでではありません。

 

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ふろりん本
ハードカバーの縦組み(!!?)で文芸書っぽい感じというか、翻訳&出版者の岡田さんの造本愛の横溢する仕立てですが(あんだけ言ってたのに小口加工はしなかったのね)、実際に本書は読み物として大変面白く、校正をさせてもらっていたTくんは何度となくゲラゲラ笑ってしまって、「世の手品本がみんなこういうクオリティなら世界は平和なのに」とか言っておりました。この質、この分量をベースにされると著者アンド翻訳出版者はだいたい死ぬとは思うけど。彼も私も、「これまでに読んだ手品の本で、これより面白いものにはお目にかかっていない」で意見が一致しました。
 
カード・トリック自体は1つ2つしかありませんので、だいたいの手品マニア(たぶんカード・マニアかコイン狂いに違いない)におかれましては即座にレパートリーになるものばかりかというとそうではないと思うのですが、どの奇術の記述もべらぼうに面白く、現象としての面白さ、そこに至る筋道と構造の妙、アウトや拡がりの持たせ方などが、実にみずみずしく、ときには真面目で真摯に、そしてときにはヤクをキメたかの如きアレな筆致で描かれ、それが岡田さんの手により端正に訳出されています。量は膨大ですが、これ絶対訳してて楽しいやつですよねえ。あとがきでも訳者が爆笑していた様が。そりゃこれは笑いますw 
 
なお校正時のTくんは、マジックそのものではないのだけれど、第三章の「無料での招待奇術ショーを行うこと、その際にアンケートを行って必ず忌憚のない意見を聞き、ショーの演目の組み方や内容の改善に結びつける」という件にいたく感激したそうで、「ふろりんって、毎度まいどイカレポンチなことをバンバン書くんですけど、ショーマンとしては本当に真摯なんですよ。本来ショーを行う人間はこういうことをすべきだし、していなくてはならないと思います。私のまわりでこんなことまできっちりやってる人、一人も見たことないんですが、アマチュアはともかく、プロはこういうことまでしていないとダメだと思いました」とか熱弁しておりました。まあそもそもメンタリズムのショーをやる知り合いがまず見当たりませんが、メンタリズムに限らず、マジックという、観客に反応をしてもらわないといけない芸事においてフィードバックを得ることというのは大事というのはホントにそうですね。他人からの、率直な感想や印象・意見はパフォーマンス改善における最高のドライバーであると思います。
 
まあぐたぐだ言っても始まらないので、とりあえず絶版になる前に買っておくんだ。話はそれからだ。手品本は読まずとも買って置いておくだけで、手品が上手く・深くなる未知の手品波動が出るという研究結果もございます(※私調べ)。相変わらず、この厚さにこの装丁この内容であの値段という、明らかに経済観念に乏しいというか、Tくんよりさらに"さんすうが弱そう"な岡田さんにつけ込むしかない。絶版といえば2020年に出て話題になったMajilさんの新訳『The Expert at the Card Table』、あれもう在庫払底とか聞いたけど、しかも追加で刷ったりスタンダード・エディションも別に出さなくていっかなーとか仰っているとか聞きましたがマジですか?手品本はよく絶版になりますが、マスの東京堂くらいなら2・3年は持つでしょうけど、個人出版の払底・絶版まではまじで早いですね。みんな気をつけて。今回のふろりん本と同じ訳者・出版者である岡田氏から出ていた名著こと"りおちゃん本"も確か払底してましたからね。「おい岡田、ちょっとそこでジャンプしてみろよ」とかやったらポケットから『Thinking the Impossible』が落ちたりしないかな。スタンダード・エディションとか早くしろよ感。あれもたまに読み返すといい手品がぎっしりでありますね。
 
 
って、もう買えるんですね!わあ!(棒) ダイレクト・マーケティング。いや、べつに売れたところで私にマージンとかバックが入るわけではないのでマーケティングというのもちょっとヘンですが(笑) 本好きな人にはお勧めできる。間違いなくこの1冊で1ヶ月以上は楽しめます。
 

 

追記:発売開始直後から出版者が「は、配送が追いつかないんですがこれは……!」とか青息吐息になるレベルで売れておったみたいなのですが、上記の販売ページ、最初タイトル『ダリアン・ヴォルフの奇妙な冒険』しか情報がありませんでしたからね。本であることすら書いていないというw そしてリオボー本とキャロル本の信頼があるとはいえ、そんな白紙状況の謎商品をポンポン買う手品クラスタのブックワームのみんな、嫌いじゃないですw 
 
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目次
 第一章 斯くも脆き空想の檸檬
 第二章 浴槽の花婿
 第三章 『もしもし?』
 第四章 夕暮れにベルが鳴る
 第五章 きみの頭の中のハエ
 第六章 エフェクト・オーバーキル
 第七章 サイコ
 第八章 富籤辺獄
 第九章 シュルームプレダ
 第十章 昨晩のショーの前にアンタが何をしてたか知ってるぜ
 第十一章 時間旅行者の妻
 第十二章 コンフリクト解消
 第十三章 まっしろな嘘が鳴り止まない
 第十四章 モノのサイズは大事
 第十五章 フェンウィック式臨死実験
 第十六章 アバダ・ケダブラ
  
  星幽狼
  421 Ⅱ
  賽は投げられた

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概略
第一章  斯くも脆き空想の檸檬
暗示を主題としたトリック。演者が持つはレモンとナイフ。それを元にした暗示の話をするが、気がつくとナイフはナイフでなく、レモンはレモンでなくなっている。
 
第二章  浴槽の花婿
1人ずつ、50名程度の女性の写真が提示され、観客が自由に選び、かつ考えを変えることもできるが、それが予言されている。
 
第三章  『もしもし?』
自分のショーを改善するために、忌憚のない意見をいただくための無料のショー開催及びそのアンケートの作り方。
 

第四章  夕暮れにベルが鳴る

観客席にメモ帳を投げ、何人かに複数桁からなる数字を書いてもらう。別の観客に、その中から1つの数列を選んでもらい、電話帳の該当ページを開いてもらう。目を閉じて適当な箇所を指差してもらうと、そこにあった名前と、あらかじめ観客席の方に持っておいてもらっていた封筒の中の大きな紙に書かれた名前が一致している。


第五章  きみの頭の中のハエ

観客が3冊の本の中から適当に1冊を選び、さらにその中の適当なページの最初の単語を憶える。演者は「メンタリストの頭の中で何が起きているかを説明する」と言って、ジッパーを取り出して自分の額に貼り付け、舞台に上がってもらった観客にジッパーを開けさせ脳内のものを取り出すように言う。そこから取り出した紙片には確かにその言葉が書かれている。

 

第六章  エフェクト・オーバーキル

「読心術」のパフォーマンスと「予言」の両立のさせ方について。


第七章  サイコ

例の有名映画の殺人を題材に、観客が自由に決めたホテルの客室番号が、最初から衆人環視で置いてあったホテル・キーに記されている。

 


第八章  富籤辺獄

異なった番号の書かれたピンポン玉が50個ほど入ったバケツがあり、演者はステージ上の観客に引かせたいと思う番号のボールを見事にとらせるが、あまり感銘を受けてもらえない。今度は別の観客にもステージに上ってもらい、彼女にも演者と同じように、彼に向かって特定の番号を引かせたいと強く念じてもらう。結果、彼が引いた玉の番号は、彼女が思っていた数字であることが分かる。

 

第九章  シュルームプレダ

ショーの前週、マジシャンと電話で話した観客のひとりは、その中で1人の有名人を考えておくように言われる。ショーの当日、舞台にあげられた彼の思念を、別の観客が読み取り、それが誰なのかを見事言い当てる。


第十章  昨晩のショーの前にアンタが何をしてたか知ってるぜ

プレ=ショー・ワークと、それに伴う諸々。ステージに上げた観客も含め、不思議を供するにはどのような注意点が必要か等。


第十一章 時間旅行者の妻

演者は自分は未来から来たので、このショーで起こることを含め何でも分かっている、という。観客の女性に電話番号をメモに書いてもらい、そのままバッグへとしまっておいてもらう。未来というか今夜の素敵なディナーの場で、キミにビールのコースターの裏に名前と電話番号を書いてもらったんだと言う。そのコースターに書かれた名前は、果たせるかな、先ほどバッグにしまったメモと同じ、その女性の名と電話番号であることが分かる。

 

第十二章 コンフリクト解消

マジックにおけるコンフリクトの内容と扱いについて。


第十三章 まっしろな嘘が鳴り止まない

演者は前時代的なラジカセを持って登場。観客にお願いして空のテープのラベルに好きな曲名を書いてもらう。それを見ないようにしてラジカセにセットし再生。しばらく聴いた後、その曲名を当てる。
続いて別の観客にステージに上ってもらい、あらゆる楽曲が収録されているという『Mix』と書かれたテープをセット、それを聴いてもらう(観客たちにはとくに何も聴こえない)。彼女のうしろで観客席に向けて曲名の書かれたボードを掲げてから、彼女に何の曲が聴こえているかを尋ねると、そのボードに書かれたまさにその曲であることが明らかになる。


第十四章 モノのサイズは大事

Pack small - plays big にまつわる話。

 

第十五章 フェンウィック式臨死実験

イギリスの神経精神科医であるピーター・フェンウィックの実験になぞらえ、演者は外科医同伴のもとで臨死体験を再現することで、通常では見ることのできない手術台の上の無影灯の上に貼ってあるもの(数字と絵)の情報を得る。


第十六章 アバダ・ケダブラ

無慈悲にも自分に駐禁キップを切った憎き婦警の、存在自体を消滅させる。


星幽狼<アストラル・ヴォルフ>

観客の何人かに持ち物をそれぞれ封筒に入れてもらい、さらにその中から1通の封筒を選んでもらう。そこに入っているものをステージに上ってもらった観客が当てる。


421 Ⅱ

観客が4枚の4を手で覆う。メンタリストはジョーカーを自分の手で覆い、おまじないをひとつ。するとカードが入れ替わっていて、メンタリストは4枚の4を持っており、観客の手の下には1枚のカードしかない。


賽は投げられた

ステージ上に心身共に健康な成人を6人並べ、首から番号札を掛けさせる。会場の中から一番若く、もっとも無垢に見える子供(できれば白いドレスで、ウェーブのかかった金髪ロングの女の子)を指名する。彼女に何度かサイコロを振らせ、そのたびに出た目の番号の人は客席に戻っていく。最後に残った番号の客がステージ上で死ぬ。

  

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とにもかくにも傑作の1冊でした。これ以上面白い日本語奇術本は10年は出ないと思いました。10年くらいしたら超えるものが1冊くらいは出てくれないとな、という気もしますが。さっておき著者のフロリアンと、本書を見出し訳して出版してくれた岡田さんに感謝です。