教授の戯言

手品のお話とかね。

Harapan Ong『侘寂』『王房四宝』

我が国においていつまでも出なかった『カードカレッジ』シリーズ最終巻、その永遠に訪れないと思われた完結に終止符を打った<ラスト・マン・スタンディング>な男こと星野泰佑さんによる、ホシノ秋の(ハラ)パン祭りが始まりました。シンガポールのマジック賢人的なハラパン先生ですが、彼の『Wabi-Sabi』(2017)と、『The Four Treasures』(2020)の邦訳版(ギャフ・カード付)が同時リリースです。本当は彼の大著『Principia』の邦訳版も同時に、3冊でのジェットストリームアタックをかける予定だったそうですが、そちらは付属物の製作が間に合わなかったため後日にまわった模様。先般の『To your credit』の訳も星野さんがされていますし、もう名実ともに、「ハラパンといえば星野」みたいな感じですね。

 

思い起こせば2021年1月、ハラパンがThe Four Treasures』を出すことを知り、珍しく手品欲が盛り上がっていたタイミングであったこともあって、私は本人から直接買ったのです。送料込みで45ドルくらいしたわけですが、その翌週、国内のショップでも3500円くらいで扱うようになって、そしてさらに数カ月後には今回の星野さんの所業ですよ。最初から邦訳版を待てば良かった。上記の3冊とも校正のお手伝いをさせていただいているので、『The Four Treasures』を筆頭に読まざるを得なくなったことは良かったのですが、大変悔しい思いを致しました。しかも日本語で読める上に安くなっているとかどういうことなのか(邦訳あるある)。あと実は「そこまで厚くないし、訳してみようかな」と思っていたりしたのですが、綺麗に先を越されました。とはいえ他の方が訳してくれるならそれに越したことはないのでみんな色々訳して出してください。買うほうが楽なのです…。校正・査読がないとなおラクでしたね。
 
ラスボスである彼の『Principia』は、高評価とはいえでかくて厚くて重いやつなので、毛色の違う今回の軽めの2冊でウォーミングアップをしておくと良いのかなと思っております。ハラパンという人の手品の作り方・見せ方・考え方のいい取っ掛かりになるかと。作品もかぶっていませんしね。
 
 

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『Wabi-Sabi』(2017)
  • 持っておりませんでしたので、そもそも校正で初めて原文読みました。
  • "All Hail the Great Leader"とか野島伸幸さんがうまそう。
  • "MixUnMix"という表向きでやるオイル&ウォーター的な手品があって、その中でとあるチェンジ技法を使うのですが、校正中に試したところビギナーズラックで初回が完璧な変化で、自分でやって自分で本気でびっくりして声が出てしまうくらい鮮やかに変わりました。なお大方の予想通り、2回目以降下手くそになっておりました。
  • "Alternative Facts"が結構好きで、これはちょっと『王房四宝』の"意乱情迷"(Indicated Transposition)に仕組みが似ているかもしれません。
  • ラスト、手品というよりゲームである"Stock Lines"が結構好きで、めちゃめちゃ面白そう。要は特定の台詞が書かれた3種(『宣言』『質問』『指示』)計48枚の台詞カードがあり、それが観客にランダムに3枚とか渡されていて、好きなタイミングで観客はそれを1枚出す、マジシャンは必ずその台詞を言って手品を続けなくてはいけない、というやつです。絶対に観客に触らせたくないタイミングで「トランプを混ぜてください」(指示)とか、最後のカード当てのタイミングで「これからカードを見えなくします」(宣言)とか出されたら笑ってしまいそう。
 
 

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※ちなみに右が原書(英語版)で左が日本語版
 
『The Four Treasures』(2020)
  • 原書を手に取ったとき、最初に思ったのが「漢字がかっこいい」でした。手品系の書き物は、だいたい非漢字圏の人がデザイン的に漢字を使うことが多く、そうするとだいたいしょんぼりフォントでイケてない感じになるイメージがあったのですけれど、これを見たときにやはり漢字はかっこいいなと思いました。やはり漢字は繁体字に限るわ!
  • 日本語版、原書の再現度(判型、使っている紙、フルカラー等々)が変態的だなこれと思ったのですが、星野さんに伺ったところ、原書と同じ制作社に、同じ仕様での印刷を依頼されたそうです。そりゃそっくりなわけですね。
  • 自分でやりたいという意味では"偸天換日"(Hand To Pocket)が好きですね。「これ結構難しくない?鮮やかだけど」だと"百轉千回"(Punchback)です。
  • いい冊子なんですけどねえ、訳者あとがきがないのが画竜点睛を欠くのですよねこの『王房四宝』。ということで、生まれてはじめて他人への校正原稿に「訳者あとがき」を勝手にA4で2ページ書きましたが、これがめっちゃ面白いんですよ。本書の中で一番面白いと言っても過言ではない、私には。『ハァイ、クソども!今日も一日トランプをいじって日が暮れたのか!?(挨拶) 本書を翻訳しました星野泰佑でっす。まいどどうもー。え?初めて?大丈夫、優しくする(何かを)。』というMr. グリーンみたいな挨拶から始まり、「ああ、『スタァライト』の劇場版見て、名乗りの都々逸書きたくなったんだなこいつ、あと『コブラ』好きなんだなこいつ」で終わる、星野さんがそっ消しするあたまの悪い内容だったので仕方ないね……。
 
翻訳者ご本人の販売サイトの文を、その寛大なる許可を得て、下にまるっと載せておくので、収録作品と、個々がどんな内容なのかはそちらをご覧ください(丸投げパティーン)。販売開始は2021年9月16日とか17日とか、まあとにかく1週間以内くらいの模様です。
 
 
 
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『Wabi-Sabi』

izansha.thebase.in

2017年発行のハラパン・オン(Harapan Ong)のレクチャー・ノート、『Wabi-Sabi』の日本語完訳版です。ギャフ・カードをダイレクトに使ったものも多いですが、面白い設定やビジュアルな技法など、様々なアイデアに触れることができます。
 
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Daley Revision
ラスト・トリックのハンドリングからできる限り矛盾を無くそうとしたもの。
 
All Hail the Great Leader
フォロー・ザ・リーダー現象のあと、パケットを1つにして2枚のリーダー・カードの中間地点に置くと、カードたちは混乱し、完全に混ざってしまいます。パケットを分けて再び各リーダー・カードの手前に置くと、再びカードはリーダーの色に従います。
 
The Famous Eight-Card Mystery
観客にデックをカットしてもらい、カットしたパケットのボトム・カードを覚えてもらいます。その後、カードを混ぜたり配ったりすると観客のカードが見つかり、更にクライマックスがあります。“Eight-Card Mystery”というタイトルが効いてくる一作。
 
MixUnMix
赤3枚、黒3枚のみ、常時表向きで行う、極めてビジュアルなオイル&ウォーター現象。まず混合現象が起こり、その後分離現象が起こります。
 
観客の1人とそれ以外の観客とで現象の受け取り方が異なる、デュアル・リアリティを達成したカード当ての手順。構造としてはかなりシンプルです。
 
SpreadShot Transposition
スプレッドショットと呼ばれる技法を使った、アクロバティックなトランスポジション現象。
 
You'll Float Too
オイル&ウォーター現象。パケットをテーブルにドリブルすると赤黒が分かれます。
 
Stock Lines
トリックではありません。マジシャン向けのゲームの提案。アドリブ力が試されます。
 
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『The Four Treasures』

izansha.thebase.in

2020年に発売された、ハラパン・オン(Harapan Ong 中国語表記:王卿仕)による『The Four Treasures』の日本語完訳版です。“使い道のない広告カードやジョーカーの代わりにギャフ・カードを持ち歩いて、強力なトリックをいつでも演じられるようにしよう”というコンセプトで、4枚のギャフ・カードが附属し、それらをそれぞれ1枚ずつ使うトリックを計4作品、収録しています。
中国風の造本イメージに合わせ、書名やトリック名も中国語版に寄せてあります。
 
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特立独行(Centre of Attention)
4枚のAによるツイスティング現象からのオフバランス・トランスポジション。難しい操作も無く、現象の理由付けも一貫していて筋が通っています。
 
偸天換日(Hand To Pocket)
観客の手の上に載っていたはずのサインカードが消え、演者のヒップポケットから出てきます。ギャフ・カードを効果的に用いることで、シンプルかつ明瞭な消失現象を起こしています。
 
意乱情迷(Indicated Transposition)
2人の観客にそれぞれカードを選ばせ、これをデックの中に戻します。おまじないを掛けると1枚だけ表向きになり、これが片方の観客のカードです。その後マジシャンは、このカードの数値に従ってもう一方の観客のカードを見つけると言うのですが……。
 
百轉千回(Punchback)
キックバックの改案。2段構成となり、手順に流れができたおかげでキックバック現象がより強烈に感じられるようになっています。
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※巻末に実演動画へのリンク付き。
※ギャフ・カード附属。