教授の戯言

手品のお話とかね。

たむたむ野放し会 in 東京

佐賀が生んだ獣、けもの?ふれんず?の、たむたむ(♂ コインとカードが得意なふれんず)が、飼い主的な役割の堀木氏に連れられ、その保護監督下にて東京で野放しにされるということを聞きつけた我々取材班は、東京都板橋某所にある会場へと潜入を果たした。そこにいたのは人畜無害そうな青年であったが、コイン持ったりするとやっぱちょっとあたまおかしかったのでここにそれを記録するものである。なお、けものフレンズのあのナントカ目ナントカ属ナントカ科のパロディを作ろうと思ったが、彼にも肖像権というものがあるので、それは記載しない。こざわまさゆきとは違うのである。決して作るのが面倒だったからではない。あとタイトル通り、あくまで野放し会でありレクチャーではない。技法の説明もあるし、言えばなんでも教えてくださったが、別に全部の手順をひとつひとつ微に入り細に入り解説、というわけではなかった。ある意味新鮮である。「大人は教えない……っ!」と、尊敬する人も仰っていたような気もする。

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開会。おそらく慣れぬ環境と、20人程度にも及ぶ観察者たちの好奇の視線があるせいか、対象はやや緊張気味であるように見受けられる。横に立つ堀木智也(以下飼い主)がちょくちょくコメントを挟む。演目の名前なのかはたまた何がしかの符丁なのか、取材班には意味が取れなかった。"マイシスター"は?などという台詞が聞こえた気がするが意味が通らない。空耳であろう。

トライアンフをやるという。それもスタンドアップで、ファンに開いた状態で。ダニ・ダオルティスのオープン・トライアンフのようだな、と思ったが、本人の口から、自分はファンを閉じない、振るだけだとのこと。どういうことだろうと思っていたが、ファンが宣言通り振られると徐々に消えていく表向きのカード群。1枚だけ表向きで残る観客のカード。会場がどよめいた。

グラスホッパー。4枚のクイーンを2枚ずつに分け、片方のペアに挟んだカードが消失、別のペアの間に移るあれである。つつがなく進み、最後に1枚であるマネーカードと思しきカードがまた4枚のクイーンになる。筆者はこういう枚数の辻褄の合わない移動が大好きであるが、変態性の低い、ごくまっとうなマジックのようにも思った。途中でたむたむ氏から友人の技法(アイディア?)を使っている部分があります、という報告。ヤダ、この子、マジメである。

「よーしよし。たむたむ、落ち着こう。コインやろうな」飼い主の唐突なコメントに、場内にの観察者たちの胸中に「(この生物はコインマジックやると落ち着くのか…?)」という仮説が沸き立つ。若干口に出ていた者もいた。半裸でコインを持ち、「気持ちいい……っ!」と、創聖の何エリオンみたいになる生物がツイッターのTL上で多数(回)目撃されているが、たむたむも類似の生物ないし習性を持つ可能性がある。堀木氏のスマホを見て、「敢えてヘルバウンドいきますか」とのコメント。参加の野島伸幸研究員から「あ、あえて地獄を……?」との嗚咽が漏れる。台詞が完全に解説キャラポジションである。2枚の銀貨が移動しまくる。途中、「ここまではみんなやると思うんですけど」というたむたむ氏の発言に対し、飼い主ともう1名から「やらねーよ」と即座にツッコミが入る。直後、銀貨が2枚とも銅貨に変わっている。青ざめた野島研究員の「ヘ、ヘルをバウンドする男……!」を皮切りに、「ヘルバウンドタム」なる謎のワードが飛び交う。「お前の言うみんなってみんなじゃない」「佐賀では普通なのかも」という指摘も入った。たむたむ氏から「佐賀には僕以外ほとんどマジシャンいませんから」との発言。

堀木「隠れキリシタンです」息を潜めて手品をしている比喩かと思いきや、これから行う手品のタイトルである。全編この調子である。謎と秘跡しか無い。チャイニーズコインを撫でると、いや、撫でなくても銀貨に変わったり戻ったりする。めまぐるしい。どこから発生しているのか。「もう一度やろう。等速直線運動を」また飼い主の謎ワードである。作品タイトルは先述のとおりであるが、どうもこの作品内で用いられている特殊行動(技法)の名前であるらしい。等速直線運動を行うからだとは思うが、どこでどのように用いられているのかまったく分からない。また、明らかに高難度の技法を行っていることが見て取れ、たむたむ自身も何度となくコインを落とすも、会場からは「ああ〜(残念)」「頑張れ!」「たむたむ頑張れ!」などの応援が発生していた。普通演技中のマジシャンに掛ける言葉ではない。ジャグリング会場か、ここは。

堀木「うーん、リラックスしょう。リテンションとロップス」飼い主からまた謎のワードが出る。リテンションは分かるがロップスとは何か。通訳などをこなしているGeo氏によると(Galápagos) Retention Open Palm Steel Moveこの真中の部分でROPSとのことであるが、彼の辞書は若干世間とは違うという噂もあり、正確を期すには確認が必要である。「いや、箸休めにマッドタイガーをやろう!」これは会の前に見た。正面からはなんの変化もないが、ダウンズパームが一瞬でクラシックパーム的な感じになる(飛んでいくイメージ)技法である。バックビューでないと何も起こっていない。何なのだこれは。そのあとはリテンションバニッシュが数種あるがどれも頑張って握る感じもない割に一瞬で消失している。解説を聞くが接触というか引き込みがまったく見えない。説明はあったが、これは実際には引きネタなのではないかという疑念も会場から出ていた。

うまくいったらワンコインルーティーンに使えそうなアイディア、というものが実演され、会場からはため息がでる。

「パースフレームはどうかね」手品師しか持っていないあれだ。私でも知っている。さておき物凄い勢いで進んでいく会である。なお、「とりあえずとひさんが来る前に一通りやっちゃいましょうよ」「やつにはカップアンドボールでもやらせてればいいんですよ」「50円玉も貸してあげません」などの発言が挙がるが筆者と堀木氏である。パースフレームに通した瞬間に銀貨が消失する。文字通りどこにいったのかが判然としない。当然出ては来るがまったくの不明である。なお、この会はほぼ同じ構成を2周やり、2周目は1周目より断然無駄がなく巧かったことは付記しておく。また、筆者は2周目は真横からこのトリックを見ていたが、むしろ右手の中にいつの間にか銀貨が発生しては移動する謎の手品になっていた。何を言ってるか分からねーと思うが(略)。「フレームを通り過ぎた瞬間に消えるのですけど」ほんとにその瞬間に消えててキモイ。

「ノーギミックレイブンを」レイブンといったら私でも知っている、手をかざすとコインが消えるという15年くらい前に流行った素敵ギミックである。買ったことはあれど一度も人前で演じたことはないが、彼はこれをレイブン無しでやっていた。私の大好きなポン太ザ・スミス氏のマジックで、チャリンチャリン音をさせることで左手に握ったはずのコインが全部右手に移っている、的なものがあるが、そのことを言ったところ堀木氏が「頑張ればあっちもエクストラ抜きでできなくはないですけどねえ」などと。頑張らなくていいのである。スライトとギミックを使うのが人類のいいところである。スライトで全部解決してどうする。

ワイルドカード…っぽいやつを」ワイルドカードそのものではないらしい。ワイルドカードのようでワイルドカードではない。禅問答か。4枚のクイーンに自由に選ばれたカードを挟むが、すべて1枚ずつそのカードへと変わっていく。まともな手品である。最後が大変綺麗であった。

「ホテルミステリーを」会場から、「佐賀に行けばこれが見られるんですか?」「俺、佐賀のこと、何も知らなかったよ…」「本当の佐賀がここにある」などの珍言が飛び出す。内容はホテルミステリーである。挟んだカードが入れ替わったりするあれである。普通だ。うまいカードマジックである。ロマンシング佐賀

「リセットとジャックシナプス」後者は本当にそういうタイトルだったのかは不明である。空耳の可能性が高いため、詳細を知りたい者は飼い主に問い合わせると良い。ヴァーサスイッチと最後のディスプレイがきれいであった。たむたむ氏の「ちょっと難しくしたいと思います」に対して、「え、これ以上…?」という会場みんなの心の声が聞こえた気がした。デック中に入れたクイーンと手元の4枚の2が入れ替わっていた。野島研究員が「ギ、ギミックだって、あれは。俺クラスになると分かる」というコメントを発する。会場からは「佐賀は東京とは違う法則で物事が動いているのではないか」との仮説も提起された。

「水油」きれいである。ただ、スイッチが難しそうである。「(水と油が分かれるのは)ここまでは自然なんですけど」に対し、会場から「(自然…?)」という心の声が聞こえた気がするが、Geo氏的な声で「そういうことにしとかないと話が進まないので皆さんそういうことにしておきましょう」という声は実際に聞こえた。オトナである。「ここから少し難しくして」に対しては、全員が脊髄反射的に「え、もっと難しくなるの…?」という言葉を実際に口にしていた。私もそのひとりである。その後、水と油は分かれた。「イージーバージョンが有りまして」に対し、即座に堀木氏が「嘘だ、オマエは絶対ウソをついている」という指摘。演技を見たが、たしかに見た目にはスッキリと簡単そうに見えた。しかしそれとて程度問題である。比較的、ないし当社比という3文字を入れるべきであろう。「まやかしの希望を与えるのはやめてください……!」とのコメントが会場から上がっていた。涙が出そうである(笑い過ぎで)。

「じゃあ、朝青龍」もはや意味不明である。技法の名前なのか?人名だよね?ていうか四股名だよね。4枚のコインが1枚ずつ、音を立てて消失して、再出現する。消えるのではなく、見えなくなる、というのがミソである。置く音、投げ込む音はする。大変不思議である。なお1周目では、最後パースの中から転がり出たコイン的な薄い何かが、よりによって見えてはいけない方向でテーブル上で落ち着いていたが、もはやこれが手品の一貫なのかどうかすら不明であった。さておき好きな手品である。

SCB」との堀木氏のコメントに「あの、これ、SCBって最初に言われちゃうと何も面白くないんですけど……3枚の銀貨を使います」とたむたむ氏。マジシャン殺し上手の堀木さん、である。たむたむ氏が不憫。なおマジック自体は超きれいであった。2周目は。1周目は「簡単に戻るんです」と言ってからの苦闘がつらそうで、SCBが3枚の銀貨になかなか簡単には戻らなかった。一体何が起きていたのかはイチ観客の私からは不明である。会場から「惜しい……!」「もう少し……!」などの声が上がり、「スポーツか!」などの声も挙がるが、基本的に「やさしいせかい」である。

「コインとグラスを」コイントゥザグラス的なやつが始まる。すごくきれいな貫通と、若干のネタバレ・失敗を交え、全員から「おお〜(不思議)」「ああ〜(失敗)」などのため息が沸き起こる。飼い主から「もう一回やろう」、会場から「なんでそこあんなにうまいのに、そこ失敗するの…?」などの声が挙がる。「超サイヤ人になれるのに舞空術が出来ない悟天みたいだ」と、野島研究員がぼそっと言っていた。言い得て妙である。

「スリーフライを。つけもののやつ」また意味不明な指示である。スリーフライ自体は大変うまいのだが、ここで使われているつけもの、という技法がもう完全に頭おかしい方向であり、ここで何度も落とすたむたむ氏。会場が、このトリックで使われている手法を理解し始めるにつれ、たむたむ氏が落とすたび、みんなが「がんばれ!」「もう少し」「ああ、惜しい!」となっていくのが興味深い。かくいう私も「がんばえー!ぷいきゅあーがんばえー!」であった。

「コインアセンブリ」3枚のコインを1枚のカードで覆い、手前にチャイニーズコインを置くが、一瞬でカードの下にチャイニーズコイン、手元に3枚の銀貨になる。これは大変綺麗である。2周目で明かされたカード下でのコイン操作が大変素敵であった。会場からは「あれ、ウィル・ツァイのテーブルなんじゃないの?」「ということはあのテーブルもういらないんじゃないか」「佐賀こええ」などの声が挙がる。その後、一瞬でバックファイア的な現象が起こった。それはとってもきれいだなって。

「ワイルドコイン」手品マニアにしか見えない謎の粉的なものを、握ったコインにかけると銅貨が銀貨に変わっていく。最後は一瞬で銅貨に戻る。大変鮮やかであった。

「コインと指輪」指輪の中にコインが入っていく。最後には指輪からコインが出てくる。会場からはその奇天烈な状況に終始笑いが起きていた。というかきもい。



休憩を挟んでこれの2周目が行われ、筆者は横や後ろから見ていたが、ネタバレ、というチャチな言葉では到底表せない、カオティックなコイン移動・保持が行われていたことを付記しておく。ものによってはエクスポーズド・ビューのほうが不思議だったり笑えたりする。

その後、小澤氏(お約束である)であるとかテンヨー三越店の中の人、青田氏、アリス氏などが手品をしていた。続く会場主のマジックのあたりでいよいよ空腹に耐えかねたため会場を出た(昼食を取り損ねていた)。間違いなくその後もたむたむ氏を囲んで各種蛮行が繰り広げられていたことは想像に難くない。恐ろしい部屋である。この世の地獄よ。ヘルバウンドは伊達じゃないということか。

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総括すると大変刺激的な会であった。堀木氏によると、「スペインは変態っちゃあ変態だが、日本のコインマンはむしろ勝ってるかなりのレベルの変態だぜ」とのことで、「いくらスペインといえど、あなたやたむたむ氏ほどの変態がそうそういてたまるか」というのはさておき、リテンションバニッシュがどうのとか、ましてや使うのが500円玉かハーフダラーか、など、相も変わらず出てくる話題もあるが、コインマジックの世界はここ数年で大きく変わったように思う。バニッシュ云々よりも、不思議ではあるものの角度に弱い、センシティブな保持・秘匿手法がかなり強まったような。一方でセンシティブであるがゆえの危うさが消しきれず、高確率の安定度合いで、破綻のない手品として見せるには些か難しすぎる技法も増えたように思う。このあたり、もうたむたむ系テク(ないし堀木技法等)は通常のと折衷した構成にするか、もしくはもうマニアマジシャンをぶん殴るためだけに特化するか、どちらかであろう。なお彼の納言シリーズは従来よりステップを省略してのパーム及びプロダクションが可能である汎用技法であるため、筆者も練習してみんとするものである。つけもの、はやっていることは分かるし、また理屈もいいのだが、いかんせんシビアすぎる。マスターしたら手品コンベンションでは尊敬と笑いを勝ち取れるやもしれないが、それ以上の活用を思いつけない。マスターできれば、今度は自分がどこかで野放しにされる側になる、というメリット(?)は発生するかもしれない。なお、仄聞していた奈落、という技法であるが、あれは非実在技法であろう。"ぼくがかんがえた超ウルトラスーパーてじなぎほう"としか思えぬ。マスターした人がいたらぜひ見せてほしい。たむたむ氏をもってしても「いやー、ねーよなー、と思いますけどねえ」とのことであり、会場も同じような表情をしていた。同感である。

佐賀のマジシャン人口は少ないらしく、たむたむ氏の「僕ともうひとりセルフワーキング系が大好きな人くらいしかいません」発言に対し、会場から「じゃあたむたむさんとラモン・リオボーの2人しかいない、みたいってことか」という恐ろしいひとことがあった。母数の少なさを無視しさえすれば、日本全国の都道府県で手品力平均を取った場合、佐賀が突出すること請け合いである。そんなプリフェクチャーは嫌だ。怖い。今日は佐賀の恐ろしさを皆で体感した日でもあった。

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タムタミミッミ:ヘルバウンドタム
「あいつは、ヘルをバウンドする(※弾ませる、ではなく、縛り付けるの意)男、たむたむだぜ!」「ヘールバウン!ヘールバウン!」「うおおおー(失敗してチャリーン)」「もう一回―」「うおおおー(またチャリーン)」「まだまだー!」「でやああ(もう一丁チャリーン)」「頑張れ!」「たむたむー!」「うおおおお!」 ※割とホントにこんな感じ 追記:ヘルバウンドではあんまり失敗してなかった。スリーフライの際がこれに近い。


観察記であることもあり、久々にだである文体で書いた。本来だである文体の小気味よさが好きなのであるが、疲れたのでもうよすことにします。