教授の戯言

手品のお話とかね。

Denis Behr『Handcrafted Card Magic Volume 3』日本語版


富山です。ついに出ましたね、あの名著の続刊が。日本語版のVol. 1と2が出たのが2014年、原書の3が出たのが2018年でした。3については邦訳版は出ないのかなと思って半ば諦めていたのですが、出ましたねえ。……まあ、「出た」のではなくて、「出した」のですけどね、自分で……。


1と2についての内容言及がゼロというわけではありませんが、本書は独立して楽しめる内容であり、シリーズ中でも手品力強めの作品が揃っておるボリュームですのでそこはご安心ください。いや、なんでこんなことを言ったかというとですね、いざ訳し終えてから気づいてしまったのです、「シリーズ番号があるものを、3だけ買う人っている?」というごく当たり前のことに。もちろん、邦訳版は1と2も合わせて持ってるよ、という人もある程度いらっしゃるとは思いますが、シリーズが揃ってないとなんとなく気持ちが悪いのですよね、私は。出す前から過去イチで損益分岐超えを諦めつつ震えている次第。まあベアニキとの繋ぎは作ったぞ、ということで。皆さまにおかれましては、哀れな訳者に心を煩わせることなく、安心してお買い上げの上、世界最高峰のすごい手品に触れてください。

magic.theshop.jp

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収録内容
謝辞
序文 デイヴィッド・ウィリアムソン
はじめに
Routined Arith-Mate-ic 
Extended Gambling Demonstration
Mating Season
The Dark Force 
On the Bottom Deal 
Mr. Luckiest 
Photographic Memory 
The More the Merrier
Haunted Herbert 
Epilogue
Bibliography
訳者あとがき

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ざっくりと現象説明抜粋と雑な紹介を以下に:

Routined Arith-Mate-ic 
観客がデックから少枚数のカードを取り上げ、その枚数を数えてランダムな数を決めます。マジシャンは残りのデックをカットして2つの山に分け、両方から1枚ずつ、表向きにしながら配っていきます。先ほど観客がカットで決めた枚数目に達すると、この位置の2枚だけはメイトになります。他の位置はすべてばらばらな組み合わせでした。この驚くべき偶然の一致をさらに2回、より厳しい条件の下で繰り返します。

→理屈がとっても巧妙なメイトのマッチング現象。紀良京佑の"シバザクラ・コインシデンス"的な感じで、難度は本作のほうが低い気がします。凄い現象をお手軽に起こせるコスパ良さげな作品。イチオシ。

 

Extended Gambling Demonstration
マジシャンは、言われたフォー・オブ・ア・カインドをリフル・カルする(集めてくる)テクニックを実演してみせると言います。そして、その4枚が4人用のポーカーで特定の人に来るようにスタックしてみせます。
次に、選ばれた人の手札に選ばれたスートのロイヤルフラッシュが来るようスタックするテクニックを披露します。
さらに、そのロイヤルフラッシュに繋げて、同一スートの残りがすべて順番に配られます。他の3人の手札もひっくり返すとスートごとに順番通りになっていて、新品のデックの並びが完成します。

→ベアニキが、「ギャンブルに興味がありそうな観客の人たちだな」と思ったときに演じるという彼のペットトリック。ラストに全部オーダー順になるのでド派手です。その割にテクニックは一部のフォールス・シャッフル程度で済みます。

 

Mating Season
ポーカーの手札が配られます。観客は1つの手札を選び、さらにその中の1枚のカードを選んで、脇に置きます。マジシャンはもう一度ポーカーの手札を配りますが、先ほど観客が選んだカードのメイト・カードを、同じ手札の同じ場所に配ってのけます。この現象を手札全部でも演じます。つまり、同じ手札に5枚のメイト・カードを配ってみせるのです。
今度は、自由にカットしてもらった箇所のカードのメイトを、マジシャンが電光石火の速さで探し当てます。
最後に、先ほどまでシャッフルされていたデックから、すべてがメイトのペアとして配られます。
https://youtu.be/PeKbvC6e9aI?t=734

→これも仕掛けが実に巧妙です。とある技法を結構なカード量で行う箇所が個人的には難しいなと思う箇所なのですが、そこさえ乗り切れば場が大変盛り上がる演技にできます。

 

The Dark Force 
観客は、デックをテーブルの下か自分の背後に持っていき、誰にも、本人すらもカードのフェイス面が見えないようにします。そして、カットまたはシャッフルしたら、真ん中から任意のカードを1 枚抜き出し、ひっくり返して好きな場所に戻します。最後にデックをケースにしまい、選ばれたカードが必要になるときまで保管しておきます。マジシャンはデックをケースから取り出し、完全に公明正大にデックを広げます。1枚のカードがひっくり返っています。これがフォースされたものなのです。

→とあるギャフを使った、おそろしくフェアなフォース。余談ですが、訳すタイミングでそれを買ったところ、清瀬のとあるマジックショップでも取り扱われはじめてびっくりしました。たぶん偶然なのでしょうけれど、行動を読まれている感じがしてちょっと怖かったです。

 

On the Bottom Deal 
ボトム・ディールについて。

→マーローやアードネス、カリーの技法を組み合わせ、確実性を高めた方法が解説されています。なおこの次の作品ではボトム・ディールが使われているのですが(ネタバレ)、演技を見たときに全く気づきませんでした。さすがベアニキ、手品が上手い。

 

Mr. Luckiest 
観客がデックをシャッフルします。そして、マジシャンが観客の希望する人数分のポーカーの手札を配ります。すると、勝者に指定されたプレイヤーに4枚のAが配られます。
再び観客がシャッフルし、今度は自分自身でカードを配ります。それにもかかわらず、マジシャンがロイヤルフラッシュを手にするのです!

→たぶん本書でもっとも技法が活躍する作品です。それをカバーするサトルティも多いとはいえ、これをすんなり演じることができる人は、たぶんあらゆる手品で苦労しない感じがします。そのせいもあって現象も凄いです。途中途中の自由っぷりを見たら、ある程度マジックを演る人でも「え、これどうやって実現するの…?」ってなっちゃう(なりました)。

 

Photographic Memory 
観客の助けを借りつつ、マジシャンはデックをシャッフルします。すると、彼は一瞬でデックの順番を憶えたと言うのです。これを証明するため、観客はマジシャンが目を背けているあいだに、スプレッドの中の1枚のカードの場所を移します。ですがマジシャンは、カードの並びを確認し、移動させたカードを特定できるのです。
さらにシャッフルしたあと、観客がデックから任意のカードを1枚抜き取ります。マジシャンは表向きのデックを素早くドリブルして、無くなったカードを言い当てます。
デックを再びシャッフルし、約半分を取り上げます。観客がそのパケットを弾いて見せ、マジシャンはそれを見て記憶します。そうしたらマジシャンが見ていないあいだに、観客が携帯電話のカメラを使って表向きにスプレッドされたカードを撮影します。カードは再び徹底的にシャッフルされ、表向きで広げられます。マジシャンはテンポよく1枚ずつカードを取り出していきます。その後、観客が写真に撮った状態を順番に読み上げていき、マジシャンはその都度カードをめくって出していきます。すると、すべてのカードが言われた順番と一致し、彼が本当に記憶できていたことが証明されるのです。

→あとがきにも書きましたが、彼のDVD『Magic on Tap』でPerformance Onlyだった、めちゃくちゃ不思議な「どうやってるのかさっぱり分からない」手品で、私が本書を訳すきっかけになった作品です。原理というか仕組みに、2022年に邦訳版を出した、ヴィンセント・エドンの『Multitude』で扱った内容も使われていて奇妙な縁を感じました。「あ、これヴィンセントの本でやったところだ!」みたいな。
演技を見ている最中ずーーーーっとスタックを疑っていたのですが、途中本当に混ぜてしまうので、「これがフォールスだったらどうやっているか知らないと死んでも死にきれないし、見た通り本当に混ぜているならスタックでもマークトでも説明がつかないんですがそれは……」と私を思考の迷路に誘い込んだ凄いトリックです。訳したにもかかわらず、最初はなぜそうなるのかの理屈に頭が追いつかず、自分で色々素材を作って手順を1ステップごとに分解して都度都度状態を撮影してデックの状況がどうなっているのかを見直して、最終的にようやく、なぜ成立するのかが理解できました。凄まじい……。

【気まぐれ追記】その時の写真メモを。パスワードは日本語版p. 64の最初の単語を全部英小文字で。

Dropbox - HCM3

 

The More the Merrier
数人の観客(最大9~10人)がそれぞれカードを1枚ずつ選びます。そして、観客たちは選んだカードを公正にデックに戻してシャッフルします。しかし、マジシャンはそれぞれのカードを探し出します。

→タイトル通り、参加者が多ければ多いほど楽しい手品です。マルティプル・セレクションは、私の中では3人が限界なのですが(そんな大人数相手に手品を、しかもカード手品をしないので)、ガスタフェローの本にもあるように、めっちゃ盛り上がる演目なんですよねえ。それに特化した、ポール・カミンスとドク・イースンの『Fusillade』などもあるくらいで、こっちも著者2人のエンターテイナーぶりを考えるとテッパンなんだろうことが確信できます(邦訳版も栗田研氏の訳で出ています)。

 

Haunted Herbert 

訓練された輪ゴムのハーバートが新たな技を披露します。彼はデックをカットして、選ばれたカードだけでなく、バリューが一致するもう3枚のカードも取り出してくることができるのです。デックが異なった3方向にスライドし、それぞれの側面からカードが突き出してきます。それらを抜き取ると、選ばれたカードのフォー・オブ・ア・カインドの完成です。

https://www.youtube.com/watch?v=vIjxeu31jzA

→これは自分でギミックを作ってみましたが、本当に動きが面白い。とある場で実演もしたのですが、マニアたちも大盛りあがりでした。本書をお買い上げいただいた方にはぜひ作って遊んでみてほしいです。ベアによる証拠隠滅の工夫も素晴らしいのですが、この奇妙な動きのギミック自体はいまから70年以上前には原型があったというのが驚きです。ミステリなどもそうなのですが、自分はおろか、親すら生まれていない時代の仕組みがいまなお有効だったり面白かったりという作品やギミックに出会うとワクワクしますね。

 

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